技術者の、技術者による、技術者のための会社 株式会社ワット・コンサルティング

ニューヨークの街並み

建設技術部門 内田篤志のルーツ
近代的な高層ビルと古典的な石の建造物が立ち並ぶ

内田篤志のルーツ

内田篤志のルーツ

ルーツ:見たこともない超高層ビルと石の建造物

ルーツとの出会い
まさにカルチャーショック!!ホームステイでみたアメリカの建造物

中学2年の春休みにアメリカのボストンにホームステイに行ったんです。もちろんニューヨークにも行きました。見上げる近代的な超高層ビルと歴史を感じる石の建造物。その街並みに衝撃を受けました。私の田舎は長野県で、それこそ畑と山しかないような地域なんです。カルチャーショックとは、まさにこういうことを言うのでしょう。「どういう風にこんなに大きなものを造ったんだろうか?」。圧倒される意識の中で、そんな疑問が湧きました。特に昔の建造物は、今みたいに立派なクレーンなど無いでしょうし、思いつくのはそんな疑問だけ。唯々呆然とその街並みに佇んでいたのを覚えています。結局、それがきっかけで「建築を知りたい」という興味が湧き、進路も建築に進みたいと思うようになりました。早く社会に出たい。そんな気持ちもあり、高校を卒業してすぐに専門学校で建築を学んだんです。

初めてのステージ
鳶・土工の親会社で職人目線の工程割り出しを習得

最初の就職は、とにかく建設業に携われれば何でも同じ、というような無知なスタートでした。就職情報誌をパラパラめくり、その求人広告にあった「地図に残るような建物をつくる仕事」といったコピーと写真で決めました。その会社は施工管理ではなく、鳶・土工を管理する親会社だったんですね。でも駅前の再開発みたいな大きな案件ばかりでしたし、建物をつくることに携われるならと満足でした。見積もり交渉なんかも得意で、実績もいつも3位くらいには入っていました。クレームの件数の少なさではいつも1位です。私の場合、ほぼクレームは入らない。それというのも、多くの人が工事を単価で単純計算するのに対し、私はいつも工程にあわせて細かく見積もりを出していたんです。職長さんとのやり取りでも認められていましたし、工程を職人さんの目線で考えることは、この頃に学んだと思っています。

まさにカルチャーショック!!ホームステイでみたアメリカの建造物

鳶・土工の親会社で職人目線の工程割り出しを習得

転機
元請けの大手ゼネコンからのお声掛け。初めての施工管理

その会社で自分なりに手応えを感じる日々を送っていましたが、或る日、元請けの大手ゼネコンの方から「躯体工事で1年くらいの仕事があるのだが、やらないか」と声を掛けられました。せっかくのお声掛けなので快く引き受けたのですが、それはこれまでの仕事と異なり、施工管理の仕事。施工管理の仕事がこんなに大変である、ということを初めてその時知りました。とにかく昼間は現場で色々とやることがある。つまり、工程の節目の片付けや清掃みたいなことですが、確認に行って片付いていなかったら、自ら率先して片付けなければ、誰も着いては来ない。だから自分でやって、背中でみせる。まあ、今となっては当たり前のことなのですが。撮った写真に指示を書き加え、指示書を作成したり、工程を整理したり、気がつけば夜も遅い時間。「工程表には矢印だけしか書いていないけれど、こんなにやることあるのか」と。それまでは施工管理の人って何で夜遅いの?って思っていましたが、人間やってみて初めてわかるものですね。

ワットとの出会い
欧米でいう「プロとして生きる人のエージェント(交渉代理人)」

それからその大手ゼネコンとのお付き合いで10数年。様々な現場を経験して来ました。現場での元請けの方とのお付き合いで仕事はいつもある。「職属する会社をどこにするか」がなかなか定まらなかったんです。技術も経験も積み重ねて、その途のプロとして生きていることは事実なのですが、そこが悩みの種でした。そんな時に出会ったのがワット・コンサルティングです。ちょっとカッコいい言い方かもしれませんが、欧米ではプロとして生きる様々な職種にエージェントという交渉代理人が存在します。自分の仕事に対して、その契約等のバックヤードの交渉を代理でしてくれる人。これこそ、私が求めているものでした。しかも、ワットは「技術者が立ち上げた、技術者目線の会社」だけあって、常に「技術者にとって何が最良か」を最優先で考えてくれる数少ない会社です。ワットに入社することで、自分の技術者人生がとても安定的なものになりました。

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