技術者の、技術者による、技術者のための会社 株式会社ワット・コンサルティング

F1グランプリ

機電系技術部門 森田光洋のルーツ
高校時代にテレビで初めて観た

森田光洋のルーツ

森田光洋のルーツ

ルーツ:1992年F1南アフリカグランプリ

ルーツとの出会い
高校時代に初めて観たF1グランプリ

高校時代からF1グランプリを見続けています。F1のボディは、いま私が設計しているような一般車のボディと異なり、カーボンファイバー等で出来ているのですが、車に興味を持ったルーツといえばF1になりますね。高校時代にテレビで初めて観た南アフリカグランプリ。その後、富士スピードウェイまで日本グランプリを観に行ったこともあります。エンジン音が凄くて、「心に響く音」というんでしょうか、それが印象的でした。あと、下位チームの車でも、テレビで観ているより、ずっとカッコいい。あの赤で有名な車の「赤色」が鮮やかで、興奮しましたね。最初にF1グランプリをテレビで観たのが1992年ですから、もうあれから随分長い時間が経ちました。あの頃はまだ、まさか自分が車のボディの設計をするようになるなんて思いもしなかったですよ。現在も趣味は「車」。大好きな「車」の仕事をさせていただけるというのは本当に幸せなことだと思っています。

初めてのステージ
どうしても「車」の設計がやりたかった。建築からの転身

親が建築家だったので実は私、初めは建築に進んだんです。その後、どうしても「車」の設計がやりたくて、大きな技術者派遣の会社で「車」の仕事に巡り会う機会を得ました。ただ、それまでやっていた建築の設計は2次元。一方、「車」は3D-CADでつくる3次元のモデリングなわけです。最初は苦労しました。忘れもしないですが、ワイパーウォッシャーのウォッシャータンクの設計。ある部品と部品の間にそのタンクを設置するのですが、もちろんある程度の容量を稼がなければならない。周辺部品の断面図を何層にも切って、3D形状になった時、その容量が稼げているか。すべてが初めてなので、もう経験するしかないんです。開き直りましたよ。「わからなくてしょうがない。みんな初めはわからなかったんだ」ってね。そう、いま覚えればいいってことです。「いつやるの?」「いまでしょ!」って感じで。世の中には超一流大学を出ているけど仕事ができない人もいる。大事なのは経験の積み重ねだってね。

高校時代に初めて観たF1グランプリ

どうしても「車」の設計がやりたかった。建築からの転身

転機
自分たちの夢を語れる環境

私がそれまでいた技術者派遣の会社は、社員数1万人を超える大きな会社でした。「1万分の1」が私で、「1万分の1」が組織の運営に参加しているという実感は正直なかったんですよね。ある日、ワット・コンサルティングに行った知人から話を聞きました。ワットはグループ企業に製造工場を持っていて、自社で製品をつくることもできると。設計ができる人がもっといればいいと。この話を聞いた時、そういう夢を語れるような環境っていいなと思いました。「1万分の1」ではなく、自分たちの夢を追えるということ。それに、街で自分の設計した「車」が走っているのをみると嬉しいように、それが自分の会社の製品だったら、もっと嬉しいはずだとも思いました。その夢の実現がずっと遠くでも構わない。そうやって、夢を語れる環境で仕事ができることがいい。そう思ってワットの門をくぐったんです。

ワットとの出会い
「技術者にとって理想の環境は何か」を共に語れるような人に来てほしい

実際に入社してみると私のような仲間がたくさんいました。メーカーになるという夢の実現はまだまだかもしれませんが、「技術者の、技術者による、技術者のための会社」というビジョンは、実現がもうすぐ近くにあると思います。ワットは経営陣も技術者出身であることから、いつも技術者目線で話ができますし、技術者一人ひとりのことをキャリアステップはもちろん、生活環境まで含めて真剣に考えてくれる会社です。現在は、研修制度を充実させたり、若手技術者のフォローを皆で行ったり、大きな会社の「1万分の1」ではなく、自分も運営に参加している実感があります。こうしてホームページのインタビューに出ることも、そんなワットへの思いがあるから。もっと多くの技術者の人にワットの存在を知ってもらい「技術者にとって理想の環境は何か」を共に語れるような思いのある方にワットの門をくぐってほしいと思っています。

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