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富士スピードウェイ

富士スピードウェイ

機電系技術部門 瀧本秀人のルーツ
初めて生でレーシングカーをみた

機電系技術部門 瀧本秀人のルーツ
初めて生でレーシングカーをみた

撮影協力:富士スピードウェイ

撮影協力:富士スピードウェイ

瀧本秀人のルーツ

瀧本秀人のルーツ

ルーツ:初めて生でみたレーシングカー。「富士スピードウェイ」の思い出

ルーツとの出会い
生でみたレーシングカーは想像を超えたレベルでかっこよかった

一番古い「車」の思い出は3歳の頃。祖父母や母に連れられて散歩に行き、交通量の多い県道の脇で、通る「車」のメーカーを言い当てていたそうです。3歳ですから、さすがに自分では覚えていないですけどね(笑)。子供向けの図鑑を熱心に読んでいた記憶はあります。そんなに「車」好きだったので、既に小学校の3年生頃には夜中まで起きてF1グランプリをみていました。マシンの性能や仕上がり、ドライバーの癖などを勉強して自分でレースの展開を予想しながら見ていましたね。野球もサッカーも好きでしたがレーシングカーは特別。 “非日常的な魅力”と言うんでしょうか。だから富士スピードウェイで初めて、テレビを通さない、生のレーシングカーをみた時の感動は凄かった。エンジン音の迫力、それに想像を超えたレベルで「車」がかっこいい。写真やテレビって平面的ですけど、立体的で色がくっきりしていて目に飛び込んでくる。それが小学6年生の時。当時住んでいた場所は神奈川県の南足柄市。峠を越えれば静岡県。富士スピードウェイもすぐなんです。それから現在まで、富士スピードウェイには毎年必ず足を運んでいます。

初めてのステージ
心残りのある進路変更。プラントの設計と施工管理で仕事経験を積む

大人になったら「車」に関わる仕事がしたい。子供の頃からずっとそう思っていました。大学は機械工学部機械工学科に進み、就職活動でも自動車メーカーやサプライヤーを受けました。でも私の就職活動の時期はリーマンショック後で時期も悪かった。各メーカーも大学院卒以外は受け入れていない状況だったんです。心残りはありましたが進路を変え、プラント設備の会社に就職をしました。大手鉄鋼会社の製鉄プラントの機械の補修や新規のラインの設置を行う会社です。この会社で設計を2年、施工管理を1年経験しました。製鉄プラントの大きさとその迫力。鉄鉱石等を溶かす高炉は中心部で約1400度。プラントの中は40度から50度はあります。朝礼では熱中症対策として職人さんにアメやスポーツドリンクを配ったりもする。作業を始めても1時間に1回は休憩を入れる。それくらい熱さと粉塵をかぶる環境は過酷でした。でもその中で得る達成感には格別なものがあります。自分で調べ、考えたものを設計に落として、それが実現する。当時はこのスケールの大きな仕事に、手応えと喜びを感じていました。

小学6年生。生でみたレーシングカーは想像を超えたレベルでかっこよかった

心残りのある進路変更。プラントの設計と施工管理で仕事経験を積む

転機
自分の手で設計をして製品が世に出る。それが本来の「つくる」姿

充実しているはずの仕事に違和感を持ち始めたのは入社から3年目の頃です。設計にしても、施工管理にしても、当時の会社では実際に手を動かすのは取引先の技術者や職人さんでした。確かに施設内の調査やベースの図面は描く。でも基本的に自分がしていることはコストや時間の管理だけではないか。それを果たして“ものづくり”といえるのか。なまじ設計という仕事に就いているがゆえの疑問でした。自分の手で設計をして、それが製品としてこの世に生まれる。その手応えがほしい。それが本来の「つくる」姿であり、管理やディレクションというものは「つくる」ことができる人がするものではないか。もう一度初心に返ってチャレンジしてみたい。そしてそれが「車」だったら、どんなにいいだろう。入社3年目からそんな思いを抱きはじめ、転職サイトをみるようになりました。面接にも行くようになりました。調べたり、面接に行ったりすることで尚更みえてくる自動車業界へのキャリアチェンジのむずかしさ。何よりもネックは3D-CADの経験値でした。それまでの私の仕事は建築に近い設計でCADも2次元のものだったのです。

ワットとの出会い
夢の実現。3D-CAD研修、そして自動車開発の現場へ

自動車業界へのキャリアチェンジを目指して、サプライヤーや技術派遣の会社の面接を何社も受けました。求人欄には「未経験OK」と書いてあるのに多くの会社は「畑がちがう」という理由で断られました。でも新卒の時と違い、今回は「あきらめない」と決めていたんです。分野の違う技術への転職は歳を取れば取るほど、むずかしくなる。今しかない。これが最後のチャンスだ。そう自分に言い聞かせて苦い思いも乗り越えました。そして出会ったのがWATです。面接では、やりたいこと、やってきたこと、そのギャップを洗いざらい話しました。その時点でも相当な数の会社の面接を受けていましたが一番安心感がありましたね。「3D-CADがネックですね。まずはそれを覚えましょう。そして…」というようにキャリアの地図をみせてくれる。おぼろげながら考えていたキャリアステップが明確になっていく。他の会社で多かった機械的な面接ではなく、人間味というか、あたたかさが一番印象的でした。そして、自社内で行っている3D-CAD「NX」の研修を受け、現在は大手自動車メーカーでサスペンションの設計に従事しています。半年から1年で自分の境遇がこんなに変わる、ということがまるで夢のようです。

瀧本秀人のルーツ

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